砂の器(映画)ネタバレあらすじ結末まで&感想!和賀の本名がカギでカメダの過去が悲しすぎる!

砂の器(映画)ネタバレあらすじ結末まで後編,三木謙一が伊勢から東京に行った理由は?

伊勢に着いた今西栄太郎は、三木謙一が宿泊した宿に行き、当時の様子を聞いた。

三木謙一は6月19日から宿に泊まり21日の午前中に宿を出る予定であったのだが、急きょ宿を出る時間を21日の夕方に変更していたことが分かった。

三木謙一が時間を変更したのは、映画を観に行ったことが関係していると察した今西栄太郎は、三木謙一が行った映画館に行き、和賀英良が写っている写真が飾ってあることに気づく。

そして、三木謙一が急きょ時間を変更した理由は和賀英良だと確信した。

 

東京に戻った今西井栄太郎に先日お世話になった亀嵩の警察から手紙が届いていた。

今西栄太郎は亀嵩で気になっていた親子の住所を聞いていたのだ。

親子の父親の名前は本浦千代吉で、手紙に書いてあった住所を頼りに石川県上沼郡大畑村に行き、本浦千代吉の過去を聞いた。

本浦千代吉には嫁と息子の秀夫がいたが、嫁は本浦千代吉が病気になったあと家を出て料理屋で働いていたが3年後に亡くなっていた。

息子の秀夫は本浦千代吉が育てていたが、本浦千代吉が36歳のときに6歳の秀夫を連れて、行く当てもない長い旅に出た。

 

 

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砂の器(映画)ネタバレあらすじ結末まで,和賀英良の恋人が死亡!

姿を消していた高木理恵子は妊娠していて、アパートの一室で和賀英良に会った時に手術を拒んだのだが、和賀英良は許さなかった。

しかし、高木理恵子は手術をする日に病院まで行くと若い女性が子供を抱いているのを見て、手術を受けることができなくなってしまった。

高木理恵子は和賀英良が田所佐知子と結婚することを許し、ただ子供を産むことだけを望んだのだが和賀英良は譲らず、車の中で言い争いになってしまう。

高木理恵子が車から降り1人になると突然お腹が痛み出し倒れ、偶然通ったタクシーが高木理恵子を見つけ、運転手が病院に連れて行ったのだが死亡する。

 

その時、今西栄太郎はある男の戸籍調査で大阪に行くため米原駅で乗り換えの列車を待っていた。

役所についた今西栄太郎は和賀英良の戸籍をチェックし、両親や住所の事実確認をしていたのだが、戸籍用紙の新しさに不自然さを感じ職員に聞いてみると、原簿は空襲で焼けてしまったため本人の申し立てにより本籍再製されていたものだと判明した。

その後、今西栄太郎は和賀英良の両親が暮らしていた住所付近の聞き込みで、和賀英良は和賀夫妻の子供ではなく、和賀夫妻が経営していた店の店員だったと知る。

そして、両親としていた和賀夫妻は空襲で亡くなっていた。

 

 

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砂の器(映画)ネタバレあらすじ結末まで,警視庁合同捜査会議で事件の全てが判明!

10月2日、警視庁合同捜査会議。

今西栄太郎は会議室で、6月29日に発生した国鉄蒲田操車場内殺人事件の重要容疑者として和賀英良に逮捕状を請求した。

今西栄太郎は、「まず、本件の犯行に関し、殺害された三木謙一の事情について述べます。」と説明を始める。

三木謙一は大正12年に島根県警察に巡査として奉職し、昭和23年に依願退職。

その後は郷里の岡山県で雑貨商を営み、彰吉と養子縁組をし、平和な老後を過ごす環境だったので、念願だった伊勢参宮を兼ねた関西旅行に出かけることにした。

旅行に出発したのは6月10日で、岡山や京都などのんびりと旅を続け、6月19日に伊勢に着いた三木謙一は宿泊した宿から近い映画館に行き、偶然にも和賀英良が写っていた写真を見つける。

三木謙一は和賀英良に会うため急きょ東京に行き、東京に着くとすぐに和賀英良に連絡をした。

しかし、和賀英良にとって三木謙一は絶対に会いたくない存在だったため、三木謙一を殺害してしまう。

犯行の時に着ていたシャツは和賀英良の恋人だった高木理恵子が列車の窓から紙吹雪のようにして処分した。

しかし、高木理恵子は失踪後に流産のため出血多量で死亡し、身元不明で処理されていた。

高木理恵子が死亡していることに気づいたのは、今西栄太郎の指示で吉村弘が和賀英良を尾行したことからである。

和賀英良も高木理恵子が死亡していると知らず、二人が会っていたアパートに行き大家から高木理恵子が死亡したと聞く。

アパートのドアノブに残っていた和賀英良の指紋と殺人事件で凶器となった石の指紋を調べ一致したことが判明。

 

和賀英良は本浦千代吉と本浦ふさの間に生まれた子供で本浦秀夫だった。

本浦秀夫が3歳の頃に父親の本浦千代吉が病気になり、母親のふさが家を離れ、父親と本浦秀夫の二人で暮らしていた。

しかし、昭和16年夏に本浦千代吉は故郷を捨て6歳になる秀夫と旅に出ることになる。

本浦親子が旅に出ることになったのは、本浦千代吉がハンセン病を患ったことだった。

 

ー和賀英良がコンサートで弾く音楽に合わせ和賀英良の辛く悲しい子供時代が回想されるー

回想シーンでは旅先で父親と寒さに震えながら野宿する姿や、同年代の子供にイジメられる姿、そして父親を懸命に守ろうとする姿が描写されている。

 

今西栄太郎が、それ以降の出来事は三木謙一の駐在所日誌など当時を知る人物から集めた供述であると述べ、再度説明を始めた。

三木謙一は亀嵩に到着した本浦秀夫を不審人物として追いかけたのだが、本浦秀夫が建物に隠れていた父親の元へ逃げ本浦千代吉を見つける。

普通なら本浦親子を職権で亀嵩から立ちのぞかせれば済むのだが、真面目で人情味の厚い三木謙一は本浦千代吉が病気だと察し、入院先を見つけることにした。

本浦千代吉は施設に入ることになるのだが、息子と離れて暮らすことを拒むため三木謙一が息子の将来のためにもと懸命に説得した。

本浦千代吉が施設に向かう日、本浦秀夫も父親との別れが辛く父親を追いかけ、駅にいた父親と抱き合い2人で泣いた。

その後、1人残された本浦秀夫を受け入れ暮らしていける場所を探してみたのだが見つからず、三木謙一が自分の子供として育てる決意をする。

しかし、本浦秀夫は三木夫妻が愛情を注いだのにも関わらず、父親を探し求めたのか放浪癖がついたのか三木家から出て行ってしまった。

その後、本浦秀夫は大阪に辿り着き、昭和19年から和賀夫妻が経営していた自転車屋の店員になり、昭和23年に空爆で亡くなっていた和賀夫妻の戸籍を創作し和賀英良として暮らすようになり、高校卒業後に上京していた。

音楽の才能も認められ順風満帆に暮らしていたある日、突然思いもよらず三木謙一が和賀英良を見つけ出し会いに来たことで、三木謙一を殺害することになる。

今西栄太郎は和賀英良が三木謙一を殺害した理由は、戸籍詐称や生い立ちがバレるからではなく、父親のことが関係していると考えていた。

三木謙一は本浦千代吉が施設に入った後も手紙を出し、ずっと連絡を取っていたため、本浦千代吉が息子の秀夫に心から会いたがっているのをよく知っていたのだ。

本浦千代吉の気持ちを知っていた三木謙一は偶然見つけた和賀英良と会い、どんなことをしても父親の千代吉に会わせようと必死で説得したのだが、願い叶わず殺害されてしまった。

今西栄太郎は捜査で本浦千代吉に会いにいき、大人になった和賀英良の写真を見せ、「こういう人をご存知かどうかと思いまして」と聞いたのだが、本浦千代吉は大声を出し泣きながら「そんな人知らない」と答えた。

 

今村栄太郎と吉村弘は逮捕状を持ってコンサート会場に向かい、会場に着いた2人は和賀英良のピアノを聞きながら、「今西さん、和賀は父親に会いたかったんでしょうね」と吉村弘が今西栄太郎に聞くと、「そんなこと決まってる、いま彼は父親に会っている。彼にはもう音楽の中でしか父親に会えないんだ」と答えた。

 

旅の形はどのように変わっても親と子の「宿命」は永遠のものである。

 

END

 

 

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砂の器(映画)ネタバレあらすじ結末までの感想!和賀英良の子供時代が悲しすぎる!

映画「砂の器」の犯人は和賀英良こと本浦秀夫でした。

本浦秀夫は幼少の時に父親の千代吉が病気になり、秀夫の母親が家を出てしまった頃から辛い人生を歩むことになります。

父親の千代吉が患った病気は当時は不時の病で感染すると言われていたハンセン病(現在は治療できます)だったようで、行く当てもない長い旅をすることになりました。

本浦秀夫や父親が着ていた服も次第に薄汚くなり、食べ物もなく、少しずつ弱っていく父に食事を作り食べさせ、学校に行きたくても行けず、同年代の子供にからかわれ石を投げられるシーンは涙なしには観れませんでした。

そんな2人の旅が終わるのは、三木謙一がいた亀嵩で、三木謙一が親子の面倒をみて、父親の千代吉は施設に入り、本浦秀夫は三木謙一の家に引き取られました。

しかし、本浦秀夫は三木謙一の家で暮らすことを選ばず1人旅に出てしまい、いつからか和賀夫妻の店で働くようなり、和賀夫妻に可愛がられながら暮らしていました。

しかし、今度は戦争の空襲により和田夫妻を失うことになります。

また1人となってしまった本浦秀夫は、和田夫妻の戸籍を創作して子供になりすましました。

苦労しながらも高校を卒業したあと、本浦秀夫は和賀英良として上京し、天才ピアニストとして有名になりました。

やっと人生が上手く行き始めたころ、今度は偶然にも三木謙一が和賀英良として暮らしていた本浦秀夫を見つけ出します。

三木謙一は父親の千代吉が心から息子に会いたがっていたことを知っていたので、どんなことをしても本浦秀夫を父親のところに連れて行こうとして、本浦秀夫に殺害されてしまいました。

ですが、本浦秀夫がそこまでして父親との面会を拒んだ理由は何だったのでしょうか。

父親の千代吉も今西栄太郎に本浦秀夫が大人になった写真を見せられた時に、ずっと会いたかった息子のはずなのに泣きながら「知りません」と答えています。

本浦親子は病気の差別でずっと苦しめられ、親子であると言えば息子が苦労すると考え三木謙一にだけしか本当のことを言えなかったのかもしれません。

また、本浦秀夫も本当は父親に会いたかったのだと思いますが、父親と直接会うことを選ばず作曲した音楽の中で父に会い、和田英良として成功することが親孝行だと考えていたのかもしれません。

映画「砂の器」は非常に悲しく心に残り考えさせられる映画でしたので、もう一度しっかりと観てみようと思います。

 

 

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