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アーサーTがマーケットバスケットを解雇?親の急死で関係が悪化した奇跡のスーパーマケット!

2017.11.09

アーサーTを返せとアメリカ・マサチューセッツ州に本拠を置くニューハンプシャー州でのマーケットバスケットの抗議活動にスポットを当ててみました。

アーサーTはマーケットバスケットの経営だったのですが、従弟のアーサーSとの確執でマーケットバスケットの経営者を解雇されてしまいました。

しかしアーサーTはマーケットバスケットの従業員や顧客、そして取引先からの信頼が厚く、アーサーTの復帰を訴え抗議活動を行うというアメリカでも非常に珍しい運動が話題となりました。

じつはアーサーTとアーサーSの父親同士は兄弟でとても仲が良く、兄弟のどちらかが先に死んだときはお互いの家族の面倒を見ようと約束するほどだったのだとか。

しかしアーサーSの父親が急死した後から両家の関係が悪化していったようです。

こちらではアーサーTがマーケットバスケットから解雇されたことや、アーサーTとアーサーSの関係などを詳しく紹介します。

 

 

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アーサーT経営者がマーケットバスケットを解雇される?奇跡のスーパーマーケットとは?

マーケットバスケットとは、アメリカ・マサチューセッツ州、ニューハンプシャー州、メイン州に79店舗を構えるスーパーマーケットです。

当時の経営者だったアーサーTが解雇されたのは2014年のこと。

しかしアーサーTを取り戻すため従業員や買い物客、そして取引先が抗議活動をし、アーサーTを経営者として復帰させました。

これはアメリカでも非常に珍しい抗議活動だそうです。

アーサーTはなぜここまで愛されていたのでしょうか?

どうやらアーサーTは従業員や買い物客、そして取引先をとても大切にしていたようです。

例えば、従業員には賞与は毎年4桁以上の額。

家族の介護のための有給休暇を与える。

大学へ通う従業員のための奨学金制度など。

そして買い物客には低価格で高品質な商品を販売。

取引先には柔軟で確実性のある取引を心がけたよう。

アーサーTを解雇したのは誰だったのでしょうか?

じつはアーサーTを解雇したのは従弟のアーサーSでした。

 

 

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アーサーTをマーケットバスケットから解雇したアーサーSとの関係は?

アーサーTとアーサーSの父親は兄弟です。

アーサーSの父親は次男で名前はジョージ。

アーサーTの父親は三男で名前はテレマコス。

ジョージとテレマコスはギリシャから移民した父親(アーサーT・アーサーSの祖父)のアサナシオスが始めた食料品店を買取りスーパーマーケットの経営を始めます。

スーパーマーケットの経営は順調で兄弟仲もとても良い状態でした。

ジョージとテレマコスは結婚しており、それぞれに4人の子供がいました。

ジョージの子供は息子2人と娘2人。

テレマコスの子供は息子1人と娘3人。

テレマコスは1人息子の長男にアーサと名づけ、ジョージは次男にアーサーと名づけます。

アーサーとはアナシオスの米国の名前。

アーサーTとアーサーSの祖父の米国の名前です。

 

 

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アーサーTがマーケットバスケットを解雇されたのは父親が急死したため?

ジョージとテレマコスが経営していたマーケットバスケットの株式はジョージ夫婦とテレコマス夫婦が半分ずつ所有しました。

ジョージとテレマコスは家系が心臓病が多いことを心配し、兄弟のうちどちらかが先に亡くなった場合は相手の家族の面倒を見ると遺言書を作成することにしました。

その7年後の1971年にジョージが家族とギリシャを訪れていた際にホテルの部屋で心臓麻痺を起こし死亡。

テレマコスはジョージとの約束通りジョージの妻や子供の面倒を見ていました。

テレマコスはジョージの4人の子供が30歳になるまでは、それぞれ毎年2万5千ドルを受け取れるよう信託の手続きをし、ジョージの妻の口座には毎月1万ドルを振り込みました。

その他にもテレマコスは子供が小さいときは毎月数百ドル、大人になると5千ドル渡しています。

そしてジョージの家族は株式を所有しているので株式の配当金も受け取りました。

ジョージ家族は大金で贅沢な暮らしをしていたそう。

しかしテレマコスが別会社を設立することからジョージ家族との関係が悪化します。

テレマコスは事業をさらに安定させようと、別会社を設立することにしました。

別会社の設立の目的は酒類の販売を増やすため。

というのはニューハンプシャー州では1社あたりの酒類の販売額の制限があったからです。

会社が2社になれば酒類の販売額を2倍に増やせるという計算だったようです。

しかしジョージ家族はテレマコスがジョージ家族の株式の持ち分を減らすためだと考えたよう。

そして1990年にジョージ家族はテレマコスがジョージ家族の株の所有権を奪ったっと裁判で訴えます。

裁判結果はジョージ家族に有利な判決となり、ジョージ家族に株式の50.5%を与えるというものでした。

ジョージ家族とテレマコス家族は不仲となり、ジョージの長男が事故死した際の葬式にもジョージ家族側からテレマコス家族の参列を拒否する連絡をしてきたそうです。

テレマコスは82歳で亡くなりました。

その後、アーサーTとアーサーSの対決となります。

そしてアーサTはアーサーSに解雇されてしまいました。

 

 

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アーサーTがマーケットバスケットの経営者から解雇されるまで

アーサーTは10代からマーケットバスケットに本格的に携わるようになります。

商品倉庫でトレーラーから荷下ろしする現場から始まり、その後は店のレジ、そして袋詰めを経験してやっと売り場の一部を任せてもらえるようになったのだそう。

社長の息子が職場に溶け込むのは決して簡単なことではありません。

しかしアーサーTは皆の手本になれるよう、そして本物の商人になれるようにと努力を惜しみませんでした。

アーサTは派手な生活もせず、遊びたい時期の高校時代も遊びまわらず懸命に仕事を覚えることに集中します。

その結果、高校を卒業した1年後に取締役に就任したのだとか。

そして2008年に社長兼CEOとなったそうです。

一方、アーサーSもじつはマーケットバスケットの一員になりたかったようです。

しかしアーサーSはマーケットバスケットの一員にはしてもらえないと考えていたそう。

どうやらテルマコスを訴えた裁判はアーサーSが言い出したようです。

アーサーSは大学で経営学を学んでおり、アーサーSの経営の考え方は株主の富を最大化すること。

もちろん買い物客や従業員の満足度は大切と考えています。

しかしそれは株主の利益につながるからです。

ですがアーサーTの経営方針は顧客第一。

アーサーSとは経営方針が全く違います。

そこでアーサーSは株主と協力しアーサーTを解雇してしまいました。

アーサーSはアーサーTよりわずかに保有株が多かったので、解雇することが可能だったのです。

しかしアーサーTを解雇するとアーサーTのためにストライキを起こし、買い物客は他のスーパーで買ってきたレシートをマーケットバスケットの壁に貼りました。

そしてアーサーTを辞めさせたことでこれだけ損をしているんだと教えたのです。

取引先もマーケットバスケットとの取引をせず、マーケットバスケットには商品が搬入されなくなってしまいました。

このままではマーケットバスケットは破綻するしかありません。

そんな状況を回避するために、ついに一度解雇されたアーサーTがマーケットバスケットに復帰することになりました。

これはアーサーTが従業員や買い物客、そして取引先を大切にしてきた結果です。

情けは人のためならずとはまさにこのことですね。

以上が、アーサーTが解雇されたマーケットバスケットについて調べた結果です。

 

 

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